紅茶で小話シリーズ第2弾『最後の茶摘み』
アッサムの東部、霧の下りる丘に、小さな茶園がある。
そこには、かつて300人以上の労働者を抱えていたラオ家の、最後の畑が残っていた。
ラオ老人は、肺に病を抱えていた。
医者にはもう無理はするなと言われていたが、朝が来るたび彼は茶の葉を手に取った。
「この土地はな、土が生きてるんだ。風も、光も、茶の声を知ってる。」
17歳の娘・アーシャは、デリーの大学から休暇で帰ってきていた。
都会の空気に慣れはじめていた彼女は、畑に立ち久しぶりの土と緑の香りを深く吸い込み、目を閉じてゆっくりと堪能した。
「お父さん、もう摘まないで。茶園は、私が継ぐ。夢はあるけど…夢は、また見ればいい。」
ラオは首を振る。
「夢は捨てるもんじゃない。摘む葉を間違えると、紅茶は渋くなる。人生も同じだ。」
アーシャは何も言えなかった。
でも、その夜、母・ディーパが娘にそっと語った。
「お父さんね、あなたが大学に行った日、こっそり泣いてたのよ。
『アーシャはもう、お茶の匂いを忘れてしまうのか』って。」
翌朝。
ラオがいつものように茶畑に出ようとしたそのとき、台所からアーシャの声がした。
「今日は、私が摘むよ。パパの代わりに。」
その年、アーシャがひとりで仕上げた紅茶は、
不思議なほど柔らかく、温かく、ほんのり甘かった。
病床の父に届けられたその一杯。
口に含んだラオは、ふっと笑った。
「いい茶だ…。父の味でも、娘の味でもない。
……これは、家族の味だ。」
彼の目に、初めて涙が浮かんだ。
そして翌年。
ラオの姿は畑にはなかった。
けれど、アーシャの茶園には、春になると
今でも変わらず、「父の教えの風」が吹く。

この物語はフィクションです。