お茶がヨーロッパに広まるまでのお話

紀元前2700年頃、中国の伝説的人物である神農が薬草を試していた時に沸騰したお湯に偶然茶葉が落ち、試しにそのまま飲んでみたところ体調が良くなった、というエピソードが「お茶を飲む」起源といわれています。
それからお茶は「薬用」として飲まれていました。
お茶が嗜好品として人々に親しまれるようになったのは8世紀頃。
仏教僧たちが長時間の坐禅の際に眠気を覚ます手段として、また、お茶には心を落ち着け集中力を高める効果がある、と、文人、上流階級層の間で愛されてきました。
その後、遣唐使や最澄・空海・栄西などの僧侶によって日本にお茶が伝わり、禅の修行とともに根付いていきました。
16世紀になり、ポルトガルが東アジアに進出し、日本や中国(マカオ)と貿易を開始、現地の文化として「茶」を知ります。
ヨーロッパに最初にお茶を紹介したのはポルトガル人と思われます。
1602年にオランダ東インド会社が設立され、1606年に中国・福建あたりから茶葉を持ち帰ったという記録があり、それから茶葉や陶磁器(景徳鎮など)の流通が始まったそうです。
この時点でのお茶は緑茶や烏龍茶が主でした。
その後、オランダの国力衰退とともに中国貿易の中心をイギリスに奪われたこともあり、紅茶文化の中心はイギリスへと移っていきました。
1662年にポルトガルのキャサリン・オブ・ブラガンザ妃がイギリス王チャールズ2世に嫁いだ時に、彼女は多くの東洋からの贈り物(茶葉、磁器、シルクなど)を持参し、紅茶の習慣をイギリスに持ち込みました。
キャサリン妃はロンドンの宮廷内で、朝のお茶、午後のお茶、客人をもてなすときのお茶を習慣化し、これが貴族の婦人たちの間で注目を集め「洗練された女性の嗜み」として定着していきます。
キャサリン妃がティーカップを持っている姿を描いた宮廷肖像画がいくつも残っており、それは「お茶を飲むこと=王妃の洗練された教養」の象徴として受け止められました。
当時の貴婦人たちはこぞってキャサリン妃を真似し、高価な中国茶と磁器を輸入し、紅茶のための時間を設けるようになりました。
これが後のアフタヌーンティーやティーガーデン(紅茶を飲む社交場)の始まりに繋がっていきました。
発見は偶然だったかもしれないものの、古今東西、高層から王妃、そして私たちをも虜にする魅惑の飲み物、お茶。
その歴史を知るとますます紅茶愛が深まります。

Tea party